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どうか、ただ前だけを。

人生是一方通行。

何より余りに僕が変われないでいたこと それに慣れてた自分が嫌だったんだ

※読書記録2冊目(2015/10/18-10/19)


タイトルは秦基博「やわらかな午後に遅い朝食を」より。


私は「一応」大学院生という肩書きを持っています。

「一応」というのは、現在は休学中だからです。

休学している理由は端的に言うと、研究を続けていけるような精神状態でなくなったことが理由です。この話はまた後程出てきます。

なぜ読書記録なのにこんな話をしているかというと、今回読んだ本の内容のほとんどが大学~大学院の研究室ですでに学んだことだったからです。

今回の本はこちら。

伝える力 (PHPビジネス新書)

伝える力 (PHPビジネス新書)

内容としてはすでに働かれている方であれば当たり前であると思われるビジネスマンとしてのあり方・振る舞い方についてが、易しく分かりやすく書かれているので非常に読みやすいです。

上記で言った、研究で学んだこととして共感できたものが主にこの4つです。

◆自信を持って発表するには、企画自体をしっかり練って自分のものにしておかなければならない。

カタカナ語・専門用語は社外の人には使わない。

◆「~性」「~的」はごまかしが利いて便利だが、言葉の意味を改めて考え具体的に説明することで、相手の理解度が深まり、自分の意図も十分に伝わる。

◆「難しいことも簡単に」書く・話す



すみません、ここからは長くて重い自分語りになるので、それでも良いという方だけ続きをどうぞ。




これらは研究室内での報告会や卒論発表、学会発表とそれに向けた準備で何度も繰り返してきたことでした。身についているかと言われれば自信はないですが、実際に経験しながら学べたことにはとても大きな意味があると思います。経験の中には、教授や先輩方に指導していただいたこともあれば、先輩方の姿から学ぶことや同期から気付かされることも多くありました。学会発表させていただいたことも貴重でした。


私の研究内容は基礎研究であり、実用化等を狙いとしていないこともあって、世間から見ると「どうせ先輩からの引継ぎでこれといった結果も無い」、その通りです。まだ断言できるほどの研究成果もありませんし、私が博士課程に進んだとしてもそれが出せる保証はありません。そういったこともあって、私は大学院に行った意味はあるのだろうか、これで良いのだろうか、自分はドロップアウトした、逃げたんだ、と心の片隅にずっとありました。だから、研究室のことを思い出すようなこと(匂いや研究室LINE)があると、今でも胸が苦しくなって押しつぶされそうになります。

でもこの本を読んで、私がしてきたことは少なくともゼロではなかったんだと思えるようになりました。研究室にいた頃は、常に先輩や同期と自分を比べて、もっと頑張らないとだめだ、と言い聞かせてきていました。決して研究が嫌いなわけではなく、誇りや愛着を持って取り組んでいたし、常にもっと論理的な考え方や専門知識を得たいと思っていました。大学院に進んだのも学位が欲しいわけではなく、実験が好きだからでもなく、スキルアップさせたかったからなのです。尊敬する先輩のようになりたかっただけなのです。

だからこそ、私は「先輩のように」「同期はもっと頑張っている」という呪縛で自分で自分をじわじわと苦しめ続けていました。劣等感と焦りから、だんだんと研究に対する恐怖が生まれ、自分の中で「頑張りたい」けど「研究が怖い」という状態になり、「自分が弱いからだ」とさらに自分を追い込むようになりました。その頃になると、実験の集中力を欠いたり、食欲不振や不眠、共有スペースへの恐怖、人混みへの恐怖、突然泣きたくなったり、登校しようとすると震えが止まらなかったりといった症状が出ていました。この頃はジャニーズ見ても何の感情も抱きませんでした。そんな状態で唯一落ち着くのは、自分の部屋で何も考えず海外ドラマを見ながら常に何かを食べることでした。お腹は空いていないけれど、何かを食べていたい、でも、外では自分なんかが食事などしてはいけない、結果も出せない奴がみんなと同じようにしてはいけない、そんな思いでした。もちろん、周りの人にはそんなこと言えませんでした。同じ環境でも頑張れているから、結果を出せているからです。余計に「私が弱いからだ」と思うようになりました。

それが決壊したのが、卒論発表が終わってからです。「頑張らなきゃ」という気持ちより「行きたくない」「怖い」という気持ちが勝るようになってしまったのです。きっと卒論発表で成果・発表の両方で自分の思うような発表ができなかったこともあり、劣等感が増したのだと思います。一ヶ月後に学会発表を控えているにも関わらず、研究室を休むようになりました。でも、学会にはどうしても参加したかったのです。自分から言い出したことだし、同期はこれまでに参加しているし、もしこれに行かなかったらもう二度と研究ができなくなる気がしたのです。なので、学内のカウンセリングにも通うようになり、話を聞いてもらうだけで少し楽になりました。さらに教授や先輩方のおかげで、なるべく在宅でスライド作成を行い、いろいろ支えていただいて、学会には参加することができました。学会期間中もホテル等ひとりのときは相変わらずでしたが、気力というか気持ちというか使命感や責任というものだけでなんとか持ちこたえていたのだと思います。新しい知識を得たり他大学の方とお話をするのは楽しかったし勉強になりました。

しかし、学会終了後再び「行きたくない」が勝つようになりました。今思えば、私にとって尊敬や学ぶことの楽しみは劣等感や自分への奮起という名の卑下と紙一重なのだと思います。そこから入学式を機に再び行くようになりますが、院生として頑張らなければちゃんとしなければという思いから、だんだんと休むことが多くなり、また同じ状況になりました。そう、何も変わっちゃいないのです。

結局GWが明けた頃から実家に戻り休学することになり、今は大学での分野とは全く違う分野の勉強をしています。就職するための勉強です。

環境は大きく変わり、とても楽になりました。実家だし、勉強も基本的には自分でペース配分できるし、研究よりも結果が明確にすぐに出るし、勉強に打ち込むことである程度研究室のことは考えなくても良くなりました。それでも私の根本は何も変わっていないのです。常に他人と比較して自分を無意識のうちに追い込んでいるのです。実際、試験直前でもないのに焦りからSW前半に勉強を追い込みすぎて後半に寝込み、そこから蓄膿症を発症したり、薬の副作用で寝込んだりなどで結局1週間くらいダウンしていました。今はだいぶ自分を客観視できるようになったので、常にノルマは自分の中でゆるめにしています。それでちょうどいいくらいです。

そういえば、私は研究を始めてからやたらと自己啓発書を読むようになっていたように思います。疲れていたり単純に時間がなかったりで読む数としては多くなかったのですが、本屋さんに行ってもその類の本ばかり見ていたように思います。その中の一つがこの本です。

今なら、いくら自己啓発書は何か答えを与えてくれるものではなく、自分の中で咀嚼して行動に移し自分自身で答えを見つけるための道しるべでしかないということがわかります。人間すぐに変われるものでもないこともわかります。

今こうしてブログを書いたり、勉強・読書・ジャニーズを楽しめていることが本当に幸せです。

読書記録からこんな長い話になるとは思っていませんでした。正直、こうやって記事を書いている間もずっと胸が苦しいので研究のことはあまり考えたくないですし、この記事を書くのに1週間近くかかっています。ただ、逃げてばかりじゃ何も変わらないので立ち向かいたいのです。まだ時間はかかりそうですが、いつか自分を好きになってあげられるように、楽に生きられるときが来るように、自分と向き合っていきたいと思います。

こんな文章を最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。

最後に、辛くなったときいつも読み返す H vol.116「17歳の自分への手紙」から、櫻井翔さんの手紙の後半を…

不安だとは思う。


しかし。
不安が努力を突き動かす。


どうか頑張って下さい。


「無理しないでね。」
人は言うかも知れません。


死ぬほど無理して下さい。
別に死にゃしないから。


こっちも未だに、”これで本当に良かったのか”分かってはいません。
でもまあ…”悪くはないかな”ってところまでは来られたよ。
来られるよ。


人生是一方通行。


どうか。
ただ前だけを。


無理しないように。